鼻血講義で高校生に人事やダイバーシティやノーレイティングを話してきました

人事ってわかる?ときいてポカーンとされ、バイトしてる人は?ときいてシーンとし、知ってる大企業は?ときいて「よ、ヨドバシカメラ・・」と答えられて、完全に組み立てを間違えた(高校一年生は人事なんて知らないよね)、、と悟った前回のキャリア講義。


またご用命をいただき、正直悩みました。高校一年生には何が面白いのかな。自分に伝えられることは何かな、と。さらにエシカルについての話しは、別枠で村松さんが講義をするので封印だし。

 

手加減しないこと、が結論。

 

高校生向けに薄めたものじゃなくて、全力で人事の話しを。新しくて刺激的なものを情報過剰に伝える。今はわからなくても、残るものが一つあればそれでいい。

 

社会の変化にしたがい、人事・働き方はどんどん変わっている。そんなホットトピックを話して、なんだかいろんな可能性があるんだな、自分にはどんな選択がいいかな、と考えてもらうヒントを手加減なしで投げ込んでくることを講義目的にしました。

 

そのうえで、ダイバーシティの種を植えてこれれば成功。

 

とはいえ、高校生でも人事を自分の身に引きつけてとらえられるように説明の工夫もしてみた。

 

・採用

→部活の勧誘は採用活動

 

・パラレルキャリア

→高校生として勉強しつつ、コンビニ店員のバイトも頑張ればパラレルキャリア

 

・人生100年

→大学に入ったら、同級生に50歳のおじさんおばさんがいる時代

 

・健康経営

→よく寝たほうが勉強の効率がいいので学校がみんなの睡眠の質を測ったりする

 

・1on1

→毎月先生と面談して勉強のこととか気がかりなこととかをざっくばらんに話しあう

 

・ノーレイティング

→試験をやらないで評価をする

 

・会社の枠をこえた人事

→他の学校と行き来して授業をうけたり部活を一緒にやったりする

 

みたいに、人事のトピックを大雑把に高校生活に置き換えてみたんだけど、まあまあ伝わった気がする。ノーレイティングなんて高校生にはわかるまいと思っていたら、「試験をやらないのに評価して成績はつけようって仕組みです」というと共感したようで、たしかに試験なしで評価をしてもらえれば伸び伸び勉強できるかも、でも試験やらないとどう評価していいか難しいよね・・・という利点難点まで感じてくれた子も幾人かいたようでした。

 

その上で、ダイバーシティについて。

 

「たぶんこの教室には日本と近隣アジアの出身者しかいない。セクシュアリティはいろいろかもだけど、みんな同じ制服を着て、みんな髪の毛が黒くて。これはとっても異常。」とあえていってみたんだけど、通じたかどうか。

 

「でもこの教室にアフリカから留学生を迎えて、それでダイバーシティっていうのは違います。」と、異物を外から連れてくる発想の外なるダイバーシティに触れてから、「みんなこの授業に興味をもつところは違う。好きなことも得意なことも違う。個人でも、家と学校とじゃ人間性が違う。そのみんな違うこと、バラバラなんだということを認めて活かすことがダイバーシティ。」と内なるダイバーシティの話しをした。そこが一番伝えたいことだったのだけど、ちょっとでも気に留めてもらえればいいなと思っています。

 

最後に先生から、VUCAな社会で高校時代に何をすればいいと思いますか?とご質問いただいたので、「とにかく基礎的な一般教養学ぶことで、こんなキャリア講座を聞くより漢文とか三角関数とか歴史を勉強してた方がいいと思います。」とアイロニカルな回答をしたけど、先生は妙に満足してくださったので安心しました。

 

高校一年生のみんなにとって、価値ある1時間だったのかどうかはわからない・・。けど、岡田先生(SOIF共同代表仲間にして、進路指導部長様)によると生徒たちの感想文がアツかったらしいので、まあ良かったんじゃないかな。

 

アツかったからかはわからないけど、講義中にいきなり鼻血を噴出した男の子がいて、けっこうな出血量でちょっとビックリ。若さ・・なんですかね。鼻血が出るような講義をした、、といってネタにさせていただきます。

 

講師としては楽しかったし、同じ内容で社会人や大学生とも話しをしてみたいので、機会を作ってみたいな・・とかも思いました。

 

講義の機会をくれた岡田先生、ありがとー。

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『学習する組織』とエシカル

アクティブ・ブック・ダイアログ(ABD)という読書法を用いた『学習する組織』の読書会を、高校の大先輩であり『ワールド・カフェをやろう』等の著者である大川さんが催されたので、喜び勇んで参加をしてきました。

 

『学習する組織』を読むのはは5年ぶりだったことと、刺激的で楽しいABDという読書法のおかげでたくさんの気づきがあったため、簡単にメモを。

 

僕のとりくむエシカルという活動は、「影響をしっかりと考える」こと。僕の言葉でいえば「つながりを想い、これからを選ぶ」ことと説明をしてきました。

 

『学習する組織』を読み直していて、エシカルとは「自分自身をレバレッジポイントにすること」ともいえるな、と思いました。

 

社会もしくは世界は、目に見える出来事があり、その下にパターンがあり、その基盤に構造があり、根っこにはメンタルモデルがある・・氷山のようなつくりでシステムとして成り立っています。

 

システムはとても複雑で、神智をもってしても測れるかどうか。

 

そして社会の変化や課題は広く大きくゆっくりゆっくりなので、人の視野ではとらえきれない。

 

私たちはシステムを変えていきたいと願うとき、無力感を覚えどうしていいのかわからないと途方にくれる、、かもしれません。

 

しかし、大事なことは私たち自身もシステムの一部であることと、システムを構成するものは相互に作用しあうということ。

 

すなわち、私たちはしょせん出来事の一部しか見ること、行うことができないかもしれない。でも自分の出来事を変えていくことが、パターンや構造に作用しそれらを変えていき、システムも変化させていくことになる・・・・かもしれない。

 

システム思考などを身に着けて、全体に直接的なアプローチをする人もいるでしょう。でもエシカルはもっと身近で、誰にでもできる。

 

私たちもシステムの一部なのだから、私が変われば世界が変わる。

 

自分の日々の生活・出来事が社会や世界とつながっていること、システムの一部であることを想い、生活・出来事を選び変えていくことで、巡りめぐって社会や世界やシステムを変えていこうとすることが、エシカルなのだと思います。

 

だから「自分自身をレバレッジポイントにすること」なんじゃないかな、と。

 

簡単にいえば、それぞれが買い物など自分の目の前の暮らしをより丁寧にすることで、何か世の中変わるよねというとりくみで、誰にでもできます、きっと。

 

ただ肝心なのは、目の前のことはとても大きいシステム全体とつながっているのだという認識をもつことと、そこから選択をするための自律性をもつこと。これがけっこう大変。僕はエシカルはとても簡単で、同時にとても難しいと思っているのですが、それはこの認識と自律性を身に着けるまでが多くの人にとって難儀だろうからです。

 

この認識や自律性の獲得が、『学習する組織』ではメタノイアや自己マスタリーとして説かれているのかな、と思います。

 

さらに、「自分自身をレバレッジポイントに」して、自分という出来事を変えても、効果的にシステムに相互作用を及ぼすためには他者とのダイアローグが重要になるのでしょう。

 

この、ダイアローグの言葉について。

 

人のもつメンタルモデルや社会のシステムについてのダイアローグを行うときに使われる言葉は、意味を求めあう「伝達の言葉」ではなく、気持ちや感情や意識などそのものを表す「表現の言葉」でなくてはいけないのだろうな、と思います。

 

この「伝達の言葉」と「表現の言葉」の違いについては、現代詩人の文月悠光さんに教わりいろいろと考えているので、また別途まとめてみたいなと思っています。

 

と、いうことを書いてみたけど僕個人のメモ代わりなのでだいぶ曲解や飛躍があるなあ・・と思いつつ、まあ改めて読む『学習する組織』は面白いということが結論になります。

 

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ダンス舞台『nulde』とレギオンとダイバーシティ

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レギオンとは一人でも大勢の悪魔だという。人にとりつき墓場に住まい裸で凶暴な自傷をつづけていた。イエスを畏れて人から離れ、二千頭もの豚にとりついて崖から落ちて湖で溺れ死んだと、 マルコによる福音書に記される。

 

飛澤初音さんが出演されるコンテンポラリーダンスの舞台『nulde』を観て、ふとそんなレギオンのことを考えていた。

 

舞台は、群舞ながら一人の踊りを表しているように感じた(観た人にしかわからないような感想だけど)。個の獲得と喪失と錯綜と再認みたいな葛藤が表現されているように、僕には解釈が浮かんできて、大勢だけど一人だなぁと思えた。

 

あくまでも僕の解釈であり、そもそもコンテンポラリーダンスや表現そのものの芸術に解釈は必要ないのかもしれないけれど、伝わってくるものが多くていろいろな感情が湧いてとても面白かった。

 

人事では、ダイバーシティという言葉がバズワードになっている。いつも主張するのは、「外なるダイバーシティ」ではなく「内なるダイバーシティ」を見つめる大切さ。

 

俗っぽい説明をすると「外なるダイバーシティ」とは、同質である自分たちの外から異物を連れてくるという発想。女性や、障がい者外国籍LGBTを採用してダイバーシティと呼びましょう、というような行いといえる。

 

対して「内なるダイバーシティ」は、同質と思っていた自分たちでも多様な違いがあり、それを認め活かしていこうという発想であり、さらにいえば個人の中にも多彩な人間性があり、そのさまざまな自分をさまざまな場所に結び付けていこうという取り組みといえる。

 

人のなかには一人ではなく大勢の「何か」が埋まっている。取り出せば二千頭の豚にも相当するような「何か」が(いや、豚だって複雑な内面を持っているだろうけど)。

 

そう考えると、人は誰しもがレギオンを宿しているのかもしれない。

 

「内なるダイバーシティ」に取り組む人は、他人や自分自身のレギオンと対話をすることになり、なかなか危うい、だからこその楽しみもある仕事だなあと思う。一方でダイバーシティを嫌い、同質性や画一性のなかに逃げる人も多くいるけれど、そりゃ悪魔との対話なら怖いよな、、と少し理解もできる。

 

・・なんて徒然に思わせてくれる面白いダンス舞台『nulde』。明日11月5日まで、日暮里d-倉庫です。(完全に宣伝協力です。)

 

twt.stage.corich.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

社会活動と加害性

痴漢についての対談で、男性みなが持つ加害性という話しに頷きながら考えたのが、社会活動と加害性について。

社会活動は、雑にいえばいいこと、誰かのためになること。ではあるが、どんなにいいことでもそれで被害をこうむる人がいる。全ての人に善い、という作用はなく、必ず反作用がある。だからどれほどの聖人が公共善のために細心で尽くそうと、きっと社会活動が加害活動になっている側面はあると思う。

エシカルだのプロボノだの社会投資だのと動けばこそ、僕も加害者なのだろう。

ソーシャルセクターで優れた活動を続ける人は、この加害性についてかなり自覚的なんじゃないか。いいことでも、誰かの迷惑かもしれない。加害者と恨まれているかもしれない。その加害性をちゃんと引き受けてなお前に進む人は、素敵な人なのだと思う。

痴漢についてと関係ないけど・・。

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保毛尾田保毛男に思うこと

僕は筋道だってこの件を考察できる蓄積がないので、ただ思ったことを備忘的に

 

◆見ていないものを語ってはいけない。2次3次情報にもとづいて論評を行うことは控えるべきである。たとえ世の多勢が伝聞のみで人を非難していようと。

 

でもそのルールを破る方がよいこともある。社会に一歩一歩を積み重ねたいときは特に。真摯に、見ていませんが伝え聞きましてと白状して、その上で自分の意見を述べることも必要。

 

そうでなければ、羊たちの沈黙になる。

 

見ていないからと声をあげないと、いつの間にか声を上げるべき時に真空となって音もでず、窒息死することになりかねない。僕はTVを見ないが、それでも番組を見ていなくて恐縮ですがといいつつコメントを寄せてみた。一人の一歩をゆるがせにすべきではないから。

 

◆キャラクター特性がLGBTではなくて日本人だったら。「お前日本人だったら死刑だぞ」「日本人じゃないのあくまでも噂なの」、みたいなコントだったら。昔の海外ならありえたかも。お前Japかよ、みたいな。

 

人のアイデンティティを笑いものにするってそういうことだろう。国籍もセクシュアリティアイデンティティ

 

このくらいいいじゃん、窮屈な社会だなと言う人は、これが日本人を嗤う内容だったら血相変えそうな人が多そう・・というのは、僕の偏見か。

 

◆TVが時代を創るものではなく、時代遅れの同調と傷の舐め合いのためのものになっているのだとしたら、悲しい。

 

◆大学同窓に、有村悠という同人作家がいる。存在も作品も物議を醸すような人(どんな絵を描くかは自己責任で検索してください)だが、彼の論考は僕が考えたいことを見事に言葉にしていることが多く、実は尊敬している。

 

彼が、「TV局がなぜ放映して大丈夫と判断したのか、なんのことはない実際に大丈夫だから。今だって幅広い年代層の視聴者にウケるからやったんだろう。」という旨のtweetをしていた。

 

本当にそうだと思う。悔しいくらい本当に。

 

現代においても、番組を見てゲラゲラ笑って何の痛痒も疑問も感じず、しばらくすれば番組を見たことすら忘れかねない人が世の中を占めているのだろう。マジョリティという意識すらない、なぜならマイノリティを意識することがないから。

 

有村君の別tweetに、「本件を批判するような勢力への敵意が噴出した結果がアメリカ大統領選かも。」とあり、これもそうだと思う。

 

番組に違和感や嫌悪感を感じ、この現代にこんな放送をするなんて、と思う人はコップの中の嵐で、そんなコップがあることすら気に留めない人で社会はできている。

 

社会活動といえる取り組みをする人はこの現実を常に忘れてはいけない。世界は、そんなエーテルだかダークマターだかわからない人たちで構成されている。

 

とはいえ悲観することはない。そんなもんだと認めて、それでも一歩一歩を積み重ね続ければいい。これはLGBTだけじゃない、働き方生き方についても、エシカルについても同じこと。悲観することはない。

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SOIF 共同代表就任の所信表明

【僕にとってSOIFとは】

 

SOIFには、第3回から参加し、第4回からメンバーになりました。アイドルグループでいえば、2期生になります。

 

僕にとってのSOIFとは、ディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」です。

 

自分では知ることができなかった様々な世界とそこで奮闘する人々の姿を、SOIFという船に乗ってメンバーたちと見て回ることができる。さらに、ただ見るだけではなく寄付・社会投資を通じて、世界でチャレンジする人とヴァーチャルで一体化できる。それでも飽き足らなければ船を下りて、プロボノ的かかわりで自分も一緒に共闘できる。


見て回る世界はとても厳しいものばかりだけど、この船旅はとても意義深いエンターテイメント、まさに「大人の遊び」です。

 

そんな「参加可能型イッツ・ア・スモールワールドが定期的に行われる稀有な機会が、SOIFだと思っています。

 

社会活動は、長く続けることが何より大切です。

 

数年続いてきたSOIFも、これから継続していくことでの価値が産まれてくるフェーズだと思います。継続していくからこそできる、様々な世界とそこで奮闘する人々との協働と船旅に参加する人の増加を目指していくことで、「大人の遊び」はさらに意義深いもになっていくと思っています。

 

そんなSOIFを、僕は親愛なる船旅仲間のみなさんと引き継いで作って続けていきたいと思っています。

 

【代表に立候補した理由】

 

過去2回のSOIFで、登壇団体との窓口を担いました。

 

SOIFの価値をはかる大事な指標として、団体の方たちからどれほど信頼してもらい、その援けとなれたか、があると思います。団体の代表を打合せをするときに、メンバーという立ち位置ではやや心もとないというか、先方が僕と会ったときに安心できるのかな、という疑問がありました。

 

EDAYAその他のことを知っていただくことで、まずは僕を信頼していただくのですが、やはりSOIFとして責任ある立場で、団体さんに共感していること、サポートしたいと思っていること伝えて、登壇する前からSOIF全体が団体を応援していると感じていただきたいと思うようになりました。

 

そのために、代表となることで信頼感、ひいては発信力を強めていきたいと思い、立候補をしました。

 

【大人の遊び再発見とは】

 

大人とは年齢ではありません。

 

自分が社会とのつながりのなかで生きていて、様々な人と支えあって生きていることを知っている人が、大人だと思います。そんな大人の遊びとは、社会とのつながり方、人との支えあい方そのものを楽しむことではないでしょうか。

 

もちろん、単純に楽しい、面白いものではありません。

 

知っての通り、僕たちがお呼びする社会活動家のみなさんが直面しているのは、とても厳しくつらい社会の現実です。でもその現実に手練手管を尽くして一石を投じ続ける人の営みこそが美しく、真のエンターテイメントだと思います。

 

その真のエンターテイメントにみんなで相乗りする、先の言葉でいえば「参加可能型イッツ・ア・スモールワールドが「大人の遊び」だと思います。

 

それを再発見したい。

 

SOIFメンバーみんなと再発見したいという意味もありますが、それよりもまだその遊びに気づいていないたくさんの人たちとも一緒に再発見して、「大人の遊び」をする人を増やしていきたいなと思います。

 

【代表として取り組みたいこと】

 

2つあります。

 

1つ目は、メンバー増加です。単純な拡大路線というのとは異なりますが、やはり新メンバーを増やすこと、多様な船旅仲間を集めることは、登壇してくださる団体にもバラエティに富んだ支援ができる可能性が増していくことになるので、大切なことだと思います。もちろん社会投資額も増えますし。

 

年に2回開催となったことで継続参加によるリクルーティングが難しくなったのであれば、過去登壇者に協力をいただいてメンバー募集イベントをするなどの手もあります。そうやって、SOIFの活性化と発展を図っていきたいと思います。

 

2つ目は、過去登壇者との関係強化です。

 

もう相当数の団体が登壇してくださっているので、アラムナイのような仕組みも作れるかもしれません。また学生チームの押久保君が進めてくれているような取材や、もっと別の関わり方も、登壇後にできると思います。団体同士を横につなげることに、積極的になる手もあるでしょう。

 

そうやって、団体がSOIFと関わることのメリットをより強めていきたいと思います。

 

以上が、僕の所信表明です。要は、今までの仲間の縁も深めながら、新しい仲間を見つけていきたい、みたいな感じです。


よろしくお願いします。

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38歳のメンバー募集

f:id:tetsuji178:20170831232923j:plain8月になると誕生日が過ぎる。

 

不思議なもので、性別を選べる時代になっても誕生日は変えられないらしい。ただこれも時間の問題で、そのうち誕生日も自ら決められる日がくるのだろう。その時は生死も選択制になるのだろうか。

 

閑話休題、8月に38歳になった。

 

誕生日の抱負というのが今年はあまりなく、思ったのは「そろそろ死ぬ準備をはじめなきゃ」ということだった。いや、希死念慮みたいなものではなく、この10年間やり散らかしてきたことを形にまとめださないと、ということ。そしてそれぞれで、果たすべき役割を果たさないと、ということ。

 

僕の活動を、以下の6つにまとめようと思う。

(1)会社(『日本の人事部』)

(2)EDAYA

(3)エシカルペイフォワード

(4)SOIF

(5)エシカル男子の会

(6)エシカル人事の会

 

(1)は、まあいい。(2)EDAYAについても継続。フィリピンでは教育面が大きくなっているようだけど、日本でも近しい動きができるはず。山下彩香さんはほどんど日本にいないので、僕なりのEDAYAを加速させてもいい。JUNYA WATANABE COMME des GARCONSみたいに。

 

(3)エシカルペイフォワードについては、お店のプラットホーム化&新規ブランドをどう育てるかに注力したい。エバンジェリスト的な。

 

(4)SOIF。社会活動家の皆さんを数団体およびしてプレゼンをしてもらい、参加者に寄付・社会投資をしてもらう体験型イベントで、今は年2回の開催となっている。2期メンバーとして活動してきたが、しかるべきものを背負おうと思う。(発表は後日)

 

(5)エシカル男子の会。「『エシカル男子の会』をつくる会」と名付けてぬるく続けたが、機は熟したと思う。加速したい。

 

(6)エシカル人事の会。あと数年後に、必ず人事の、そして社会のトレンドになっているはず。やるやる詐欺で8月も過ぎてしまったが、秋には立ち上げる。

 

(2)~(6)における実行アイディアは多々あるけど、基本は文筆とイベントになる。そうすると、企画・プロデュース仕事がより増えていくはず。

 

実のところ、もう少し手伝ってくれる人が欲しいなぁ・・・という気がして。

 

今まではプロジェクト単位でチームを組むこともあったけど、ほとんど一人でやってきた。でもそろそろ、数名のチームを作っていろいろな仕事を受けていってもいいのかな、と。

 

というわけで、サポートでもインターンでも弟子でもいいけど、3,4人のメンバーを募集します!

 

ゆるくでいいので、やってもらいたいことは、①イベント等企画、②イベント等運営、③資料等作成、④ライティング、⑤Webまわり、⑥渉外、とか。お金ははらえないけど、お菓子はあげる。あと渡せるものは何でも伝える。

 

メンバーになってくれるという人がもしいたら、一応選考あり。基準は、その人が何か成したいと思うエネルギーを感じるか。あと相性。

 

そんなわけで、いきなりのメンバー募集だけど、興味ある人はご連絡・お問い合わせお待ちしております。

 

あ、38歳もよろしくお願いします。お祝いしてくれた皆さんもありがとうございました。