徒然妄念:挽花/「星の王子さま」

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ふとしたことで、『星の王子さま』を再読する。

こんなにも絶望に満ちた物語だと、子供のときは思わなかった。

 

「だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いている、たった一輪の花がすきだったら、その人は、そのたくさんの星をながめるだけで、しあわせになれるんだ。」

 

では、その花がすでに散ったと知った後は、どうしよう。

 

 

彼女のことを、何と呼べばいいのか。幼なじみ、同級生、友達、相棒。子供のとき、いつもそばにいて、助けてくれて、笑ってくれた、ベストフレンド。

 

26歳のとき、遠くの街に暮らす彼女から突然の電話があり、僕の自堕落を責められた。

 

「だめだよ、しっかりしなくちゃ」と、彼女は言った。いきなり叱られた僕はむかっ腹を立てたが、彼女は「また遊びに行くからね」と言って、電話を切った。その声は耳に残って、離れない。

 

彼女は、嘘をついた。

 

 しっかりしようと僕は定職につき、社会のためになる仕事をしたいと、精一杯がんばってきた。遊びに来るはずの彼女から、その後の連絡はなかったけれど、いつか会ったときに偉いねと笑ってくれると信じていた。「なん百万もの星のどれかに咲いている、たった一輪の花」に笑ってもらうために、たくさんの星がそれぞれに輝ける世の中を作りたかった。

 

星のまたたきは、何億年もかけて地球に届く。だから星空を見上げた時、輝いているその星は、すでにもう亡いことも、ある。

 

彼女は、僕との電話のしばらく後に、自ら命を絶った。僕はそのことを、愚かにも、ほんとにバカで、10年近く知らなかった。「また行く」という彼女の嘘に、ずっとだまされていた。そしてずっとがんばってきた。

 

だけど昨年、一輪の花はすでにもう亡いことを知った。

 

僕は「たくさんの星をながめるだけで、しあわせに」なれない。とても虚しい。どんなにたくさんの星が輝ける世の中になったところで、なん百万もの星のどこにも、あの笑顔はない。星空のすべてを、恨みもし、滅べばいいとも思った。

 

星の王子さま」には、どこかのヒツジがどこかに咲いている花を食べたか食べなかったかで、この世界にあるものが、なにもかも違ってしまうと書いてある。本当だ。花がもう亡いと知ってから、僕にはこの世界のなにもかもが違ってしまった。

 

花がすでに散ったと、しかも自ら散ったと知った後の、星空をどう見上げればいいのか。僕はいまだに、分からない。

 

「星があんなに美しいのも、目に見えない花が一つあるから」

 

目に見えなくていいなら、散ってしまっていてもいいなら、あの日の彼女の嘘にだまされ続ければいいのか。いつか笑顔に会えると信じて、しっかりして、たくさんの星がそれぞれに輝ける世の中を目指せばいいのか。

 

耳に残る彼女の声を思いおこしながら、星空に問う。問うことが、いま、生きることかと思う。

 

星の王子さま」の花は、薔薇の花。彼女は沈丁花だった。冬の終わりに、沈丁花が咲きだすと必ず彼女を思い出す。去年も、沈丁花の匂いに想起して、彼女のことを文章にした。読み返すと、自分はあまり成長していないな、と思う。

 

僕の沈丁花は散ってしまったけれど、なん百万もの星のどこかに咲いている、たった一輪の薔薇の花があることを、願う。

 

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