耽転籍:怖い本 原民喜戦後全小説 (講談社文芸文庫)

怖い本、というものがある。

怖すぎて読めず、本棚に置いておくだけの本。それが、原民喜の『夏の花・心願の国』(新潮文庫)だった。

原民喜戦後全小説 (講談社文芸文庫)

原民喜戦後全小説 (講談社文芸文庫)

 

広島原爆という滅びと、滅びのなかで生き残る人、死に消える人の様が、澄み切った言葉で書かれている。この世のものでも、あの世のものでもない透徹した言葉があまりにも鋭く刺してくる。

 

それが怖くて読み進められず、本棚の大事な本を収める一角に置いていた。

 

戦後70年という年に、講談社文芸文庫から『原民喜戦後全小説』という集成が出た。新潮の『夏の花・心願の国』を読めなかったのは戦後50年の年、僕が高校一年生の夏だったので、20年前のこと。時を経て、原民貴の透徹した言葉にも耐えうる鈍感さを身につけただろうと購入したが、やはり怖くて読み進められない。

 

原爆により死に至った妻を綴る「美しき死の岸に」も収められており、脳髄から内腑を貫き抉られる。

滅びというものを徹底して身にまとった言葉の美しさたるや、恐怖である。

 

しかし原民貴という人は、世を、原爆という全的崩壊をみた後の世を恨んでいたのだろうか。こんな世など滅びよと思っていたのだろうか。

それとも、「それでも人生にイエスと言う」という肯定の芽を、絶望の砂漠に兆していたのだろうか。

 

もしかすると後者なのかという一縷の望みとともに、美しさに恐怖する手を震わせながら、読みあぐねている。