読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕がうま煮を食べるとき、いつも思い出す彼女のこと ~『0円キッチン』クラウドファンディング応援~

motion-gallery.net

 

彼女は2度だけ僕を叱った。1度目は、給食にうま煮が出たときだった。

 

うま煮。小学生の僕には新鮮だった。うま煮って何?旨いの?馬なの?と、給食のメニューを見ながらふざけていたら、出てきたのは切りくずのような野菜とよくわからない肉が茶色く焦げて甘ったるく味付けされた謎料理。不味かった。

 

たぶんちょっと調理を失敗していたのだろう、焦げて苦かった。とはいえ食べられないほどではない。でも、クソガキ、それも非難がましいクソガキだった僕はぐちぐちと、「なんでうま煮なのに不味いんだ」「味が変」「野菜の切り方が雑」「なんの肉なの、馬なのか」「焦げたものは体に悪い」とか言いながら、手をつけなかった。

 

先生が手を焼いて、「稲葉くん、ちゃんと食べて」と言っても頑として聞かず、いたずらを始めていた。彼女に叱られたのはその時で、「てっちゃん(哲治って名前なので)、そんなこと言っちゃダメ」と急に僕を見据えてきた。そこからの彼女の言葉は忘れない。

 

「ごはんは出てくるだけでおいしいの」「誰かが作ってくれていると思うだけでおいしいの」「ありがたいことなの」「だからそんなこと言っちゃダメ」「おいしいよ、ねぇ」

 

そう彼女は言った。

 

僕は驚いて、しぶしぶながらうま煮を食べきった。やっぱり焦げて苦かったけど、彼女がおいしいと言うのなら、おいしいのだ。

 

同級生の彼女は、家も近所で登校もクラスも部活も同じ相棒のような子で、無軌道なことをする僕の傍にいつもいてくれて、一人じゃできないことがあるときや、後始末が必要なときはいつも請け負ってくれていた。無茶苦茶ないたずらをしても、「もぅ・・」と言いながら笑ってくれた。

 

そんな彼女が初めて厳しめに僕をたしなめたので、僕は憮然としつつも言うことを聞くしかなかった。何で彼女に叱られたのかな、と思いながら。

 

彼女は、というか彼女の生活は、いくつかの問題を抱えていた。つらいことも多そうだった。小学生にして、複合的な社会課題の当事者だったと思う。そのことを、彼女自身も自覚していた。将来の夢は「クラブのチーママ」だった。それでも彼女は、明るく朗らかで綺麗だった。

 

食べ物の大切さ、食べられることのありがたさを、そんな生活から知っていたのだろう。そして、誰かがごはんを作ってくれることの、心からのありがたさも。だから僕のワガママを見過ごせずに叱ったのだと、今ならわかる気がする。

 

どこまでも彼女がやさしいのは、「ごはんは出てくるだけでおいしいの」と、食べ物の価値を教えることで、僕を叱ったこと。そういう子だった。

 

うま煮を食べるとき、筑前煮や煮しめを食べるとき、いつもこのときの彼女を思い出す。だらしない僕はいまだに食べ物を無駄にしてしまうことがある。こんなの不味くて食べられないとか、傲慢なことを言ってしまうこともある。そんなときは、「誰かが作ってくれていると思うだけでおいしいの」という彼女の声が聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤする。あの「ねぇ」の声の高さが耳に響く。

 

彼女の短い人生で、次に僕を叱ったのはそれから15年後。大学を中退し、長くつきあっていた女の子とも別れ、無目的になっていた僕を、遠く離れた土地で察知したのか突然に電話をかけてきて「ダメだよてっちゃん、しっかりしなきゃ」と言った。

 

彼女がしっかりしなきゃと言うのなら、しっかりするのだ。僕は脱ニートをはかり、コンビニでフルタイムで働きだし、今に至る。

 

どこまでも彼女がやさしいのは、「てっちゃん、しっかりしなきゃ」と、前へ進ませることで、僕を叱ったこと。そういう子だった。

 

彼女は、というか彼女の生活の問題は、そのとき行き詰っていた。つらかったろう。どんな社会課題に押しつぶされていたのか。夢はあったのか。それでも彼女は、明るく朗らかでやさしかった。「また東京行くからね」と嘘をついて、彼女は僕を叱る電話を切り、しばらくして命を終えた。

 

彼女が僕を叱ったのは、たったその2度だけ。

 

『0円キッチン』のクラウドファンディングの話しを聞いたとき、ふと思ったのが彼女のことだった。

 

世の中には、いろいろな社会課題がある。一人の人間が、そのすべてに興味を持ち、知り、アクションを起こしていくことなんて不可能だ。ほんの幾つか自分に響く課題を見定め、それと長く向き合っていくしかない。

 

でも、自分に響かない課題に無関心でいいわけがない。知ることは大切だし、そこで活動している人たちと連携し、自分の代わりに頑張ってくれるように励まさないといけない。そうやって僕たちは、お互いがお互いの代理として、自分の持ち場でそれぞれの一隅を照らしながら応援しあって社会の網となるのだ。

 

実は僕は「食」というジャンルに興味が薄い。『0円キッチン』のフードロスという課題も、うーーん、あるねぇ・・くらいだったりする。でも大事なテーマなことはわかる。だからこそ、クラウドファンディングで少しでもこのテーマで頑張る人を応援し、というより僕の代わりに頑張ってもらえるようにし、自分はより知識を深めたいと思うのだ。

 

そうでしょう。自分に心底から響くテーマだったら、自分でプレーヤーとして取り組めばいいじゃん。そんなに響かないけど、でも大事だなぁ・・ということに対する参加方法として、クラウドファンディングや寄付は最適だと思う。

 

僕はそのくらいの興味なのだけど、あの日僕を叱った彼女なら、フードロスには関心を持つんだろうなと思う。だから彼女にまた叱られないように、『0円キッチン』(とアーヤ藍さん)を楽しんで応援します。

 

僕は長いこと、彼女が死んだことを知らなかった。ずっと生きていると思って、早くまた会いたい会いたいと思っていた。だから何回忌なのかも知らない。命日も知らない。彼女がもうとっくにこの世にいないと知ったときが、僕にとっての彼女の命日で、それは2014年と15年の間だった。だから、2017年の始まりは、彼女の三回忌になる。

 

三回忌に、いい供養になるといいな。映画を見ながら、おいしいうま煮を食べよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

世界で1/3の食料が廃棄されている現状を変えたい! 映画『0円キッチン』監督を日本に
https://motion-gallery.net/projects/zerokitchen

f:id:tetsuji178:20170105013217j:plain