「誰もが生きにくい社会」 37歳の抱負に

37歳になりました。

 

見透かした娘がいたもので、誕生日の胸には一物あるだろうと、抱負は何かと尋ねてきたので、その回答も兼ねて。

 

「誰もが生きにくい社会」をつくるために、各活動をしたい。

 

あえて語弊のある表現をしている。丁寧にいえば「すべての人が、誰でも自分の生きにくさを表明できて、それを互いに受け止めて支えあえる社会」。刺激的に略して、「誰もが生きにくい社会」。

 

「誰もが生きやすい社会」に近づくといいな、とここ数年動き続けてきた。みんな何らかの「生きにくさ」=マイノリティ性を抱えている。その「生きにくさ」を、自身で肯定できて、周囲にも容認されれば、良い社会になると思う。それは間違っていないと思う。

 

でもそれで、「生きにくさ」は解消されるの?もともとの「生きにくさ」自体は、無くならないだろう。それはその人をつくるもの、一生つきあっていくものだ。むしろ、無くしてはいけない。人は自分の「生きにくさ」を、失ってはいけない。

 

それに、「誰もが生きやすい」なんて、安っぽい宗教みたい。みんな生きやすくてハッピーな社会なぞ、気持ち悪い。

 

生きることは大変だ(死んだって大変だと思うけど)。僕は若輩ながらそれなりに多くの人に会ってきた。お金持ちも、超絶頭がいい人も、カリスマ的な人も。寡聞にして、「いや~、世の中生きやすいわ。100%心安く生きてるわ~。」という声を聞かない。みんな生きていれば、何かしら「生きにくい」。

 

別に、生きにくくてもいいじゃん。

 

大事なことは「誰もが生きにくい」んだから、お互いの「生きにくさ」があるよねって認めあって、私の「生きにくさ」はこんなのですと話すことができて、なるほどって聞くことができて、受け止めあうことができることだと思う。

 

だから、「誰もが生きやすい社会」なんて浅いお題目は捨てて、「生きにくさ」を容認してその上に成る社会を目指せばいい。そんな「誰もが生きにくい社会」

 

「互聴」という言葉を、先日お教えいただいた。

 

互いの「生きにくさ」=その人を成す特性を、聴きあえること。「誰もが生きにくい社会」には、基底となる人の業と思う。この互聴を、できる人がどれだけいるだろうか。互聴が行き渡る組織が、どれだけあるだろうか。

 

「誰もが生きにくい社会」に向けて、できることは沢山。ビジネスセクターでもソーシャルセクターでも、戦術・方法面でやりたいことが多い。自分たちは「生きやすい」マジョリティだと思っている人たちに、そうでもないぜと内側から楔を打つ、獅子身中の虫を増やす活動とか。

 

個人的に、2016年前半はあまり攻めなかった。やや惰性で動いていた。ので、後半は少し攻めよう、いくつか策を世に問いたいというのが、一応の抱負です。

 

具体的な施策については、おいおい。

 

余談ながら、この「生きにくさ」というのは大江健三郎の文学やそれが背景とするフォークナーやブレイクにいう「悲嘆(grief)」と同義なのではないか、などと考えている。

 

「悲嘆と無のあいだで、彼は悲嘆をとる(Yes, he thought, between grief and nothing I will take grief.)」というフォークナーの文節を大江健三郎の小説で読み、なんとなくわかったつもりでいたが、「生きにくさ」の自覚と、引き受けと、表明ということがここでなされているなら、それは真の自己肯定だろう、とか、そんなよしなしごとを思う。 

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