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耽典籍:「難民高校生」文学に潜む戦争の影。『キリンの子』鳥居(KADOKAWA)

文学は、人道的なものではない。

 

人間という存在の極限を追及することが文学であるならば、人がそのような場でどのような言動をし、表情を浮かべ、心情を抱くのかを、いかに悶え苦しむのかを叙述することが営みとなる。感傷の入る余地はない。

 

言うなれば、ハゲタカに喰われそうになる少女をピンボケしないように撮るのが文学である。人道的でなはい、というか人間的ではなく、悪魔的である。それが文学だと思う。

 

鳥居という歌人が、評判らしい。

 

過酷な生い立ちの中から奇跡のように短歌を覚え、その過酷な人生をも題材とした歌を詠む。自殺や、虐待や、中退や、ホームレスや。社会事業のなかで関わるような、さまざまな現場の当事者からうまれた歌人、とのこと。

 

「難民高校生」出身の歌人、ということか。

 

その当事者性に興味を持ち、歌集を買ったが、誤りだった。ちゃんとした文学の書物だった。

 

短歌という、字数に制約のある文学の形式が功を奏しているのか、自殺した母親の枕についた血についても、養護施設のトイレで蹴られて床の冷たについても、絶対零度な視点で叙述していて、その切り口につい、上手いなと思ってしまった。まあ、虐待などからくる解離、という解釈もあるかもしれないけど。

 

不謹慎かもしれないが、人間という存在の極限、修羅が短歌の形式にテンポよく整えられ、読んでいて面白かった。

 

一番文学だな、と感じたのは、友人が目の前で電車に飛び込んで自殺したことをテーマにした連作。感傷的に、人間的に振る舞いたい御仁は、死んだ友人の遺骸に涙と鼻水をたらして腐臭を放つだろうが、歌人は友人が破片になって線路に落ちており、その肉片も乾いていくと歌う。

 

友達の破片が線路に落ちていて私とおなじ紺の制服

 

散りぢりに友乾きゆく踏切に供える花も二年で途絶え

 

不思議だと思うことが一つ。歌集の端々に、戦争の影が見える。祖母から戦時中の話を聞いたことが起点のようだが、それにしても日本の中で日々を生きることが精一杯という環境で、それほど戦争を意識するものだろうか。

 

銃声は空にひびきて戦死者の数だけさくらさくら散り初む

 

デモの歌もある。本家(?)難民高校生の仁藤夢乃さんも、戦争への危機感を強く感じ、発信している。日本の中の「難民」たちは、戦争の気配に何かざわめくものを感じているのだろうか。

 

「難民高校生」文学の書き手は、戦争というものの何を怖れ、何を予感し、何の危険な共感を抱くのか、歌集からは読み取り切れないが、興味深い。

 

美しい歌もあった。

 

水たまりとは雨の墓 もう二度と戻れぬ空をくらく映して

 

雨を詠んだ歌は好き。

 

『キリンの子』鳥居(KADOKAWA)。

キリンの子 鳥居歌集

キリンの子 鳥居歌集