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耽典籍:コソヴォ、ルワンダ、アマルティア・セン、エンパワーメント、多様性。『聞き書 緒方貞子回顧録』(岩波書店)

『聞き書 緒方貞子回顧録』(岩波書店)。

聞き書 緒方貞子回顧録

聞き書 緒方貞子回顧録

 

 

コソヴォという地名を知ったのは、ポーランドノーベル賞詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩『現実が要求する』からだった。

 

現実が要求する
このことも言っておくようにと
生活は続いていく
それはカンネーやボロジノの近郊でも
コソヴォの野でも、ゲルニカでもおなじこと

 

シンボルスカはアウシュビッツのあるポーランドの詩人として、歴史上様々な人間同士の悲劇の地名を挙げ、それでも人の営みの続くこと、人は人とかかわって生きていくこと、人は人を愛することを詠う。

 

「城春にして草木深し」みたいな詩だけど、よりシニカルなリアリズムと、それでも人を信じるヒューマニスムに溢れ、実にノーベル賞的な詩と思えて、僕はとてもとても好き。

 

 

緒方貞子さんが、コソヴォをはじめとする旧ユーゴスラビアの内戦においてどれほどの困難に面したのかを読むと、胸が苦しくなる。

 

住民を避難させれば「民族浄化」に手を貸すことになる、危機に対処すべく任務を拡大するが能力や権限は拡大されず「人間の盾」にされる等々、苦渋とジレンマの連続で、どうやっても誰かから非難され、恨まれ、でも一瞬でも手をこまねいていると次々に命が失われるという、スゴい仕事。。。

 

ユーゴの次はルワンダ・コンゴへ。

 

アフリカでは、国家というものが形を成していないので交渉がより困難だったと書いてあるが、不思議とユーゴの話よりも明るさを感じるのは何故だろう。ダボス会議ルワンダのカガメ大統領と同席したエピソードなど、悲劇から立ち直り、進もうという未来が見えるから、、だろうか。

 

「人間の安全保障」について。きちんと学ぶべきと思って学べていない分野だけど、本を読んで思ったことが2つ。

 

1つは、アマルティア・セン。「人間の安全保障委員会」で緒方貞子さんとアマルティア・センが共同議長になった折の、二人の考え方、スタンスの違いが面白かった。センは哲学者で、緒方さんは行動家とのこと。

 

ソーシャルセクターで活動をしていると、選択という言葉が付きまとう。多くの選択肢を選べることが、人間にとって幸せなのか。

選択肢が無いよりも、幸せなのだと思う。でも、手の届かない選択肢を数多く見せられれば、かえって不幸になるのではないか。もしくは、選択肢が多いと何を選んでいいのか分からず、自棄に陥るのではないか。「ブリダンの驢馬」のように。

僕としてはそれでも、選択肢を多くすることを良しとする、という考えに組したい。

 

・・・のだが、こういう考え方はアマルティア・センの「ケイパビリティ」の考え方だよね、と思い出した。生き方を選択できる幅、自由の幅を人間の能力ととらえるというセンの考えは、98年にセンがノーベル賞を取った時に集中して著作を読んで身になじんだので、無意識に思考にプログラミングされているのだと思う。

 

2つ目は、エンパワーメント。「能力向上」と訳されているけど、その定義が「人々が自らのために、また自分以外の人間のために行動する能力を強化することです。これは対比的にいえば「自治」を強めることです。」と書かれている。

エンパワーメント、という言葉をよく用いているけど、「自治」を強めること、という視点は持ってなかった。ちょっと考えてみたい。

 

最後に、日本について。

「日本はまず足元を固めることから始めなければなりません。そのために何が必要かといえば、それは多様性。」