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難民と、僕の先祖のディアスポラ:SOIF大人の寄付あそび「紛争・難民」

エシカル男子日常

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鎌倉以前にも遡れる、僕の先祖の打越氏(内越氏)は、秋田県山形県の境の矢島地方に根を張り、由利十二頭と呼ばれた。

 

長く暮らしたその土地を、徳川政権の樹立期に突如追われる。中央政権の都合で。

 

徳川幕府の目障り、常陸の佐竹氏を追いやるため、出羽の土地を明け渡せと命じられた。中央政権の温情で、佐竹が立ち退いた常陸に変わりの土地をちょこっともらったけど、やがて水戸徳川家の樹立にあたってはその土地も取り上げられ、もう一度出羽に戻るか、半士半農として常陸で生きていくかを選択することになった。

 

そのまま、茨城で名主として陸稲と芋を作って、GHQの農地解放も経て、いろいろ端折るが僕に至る。

 

難民の話を聞くとき、先祖のことを想う。出羽の地を追われ、見ず知らずの常陸を目指すとき、彼/彼女らはどんな気持ちだったろう。土地を奪われたような怨嗟と、南の平地へ行ける希望と、どちらが大きかったのか。

 

先祖は、難民ではなかったが、祖国を追われたディアスポラの人々だった。

 

難民にも、祖国に帰る/帰すことができず、もしくは主体的に帰還を選ばず、辿り着いた土地に暮らす人が多くいる。そういった人々の包摂が、世界各地で大きな課題になっている。

 

僕が住む高田馬場は、リトルヤンゴンと呼ばれ、かつてのビルマ難民の人々が溶け込んでいる。子供の頃から、僕にとってはそれは当たり前のことだった。400年前に突如、出羽からやってきた一団を見た常陸の人々は、どんな気持ちだったのだろう、どんな交流と包摂があったのだろう。

 

難民を、ディアスポラを受け止める社会とは、人々とは、どんなものか。それを思う。

 

1月17日のSOIFは「紛争・難民」。

残念ながら僕は行けないのだけど、、、前線に立ち続けるプレーヤーの声を3人も聴けくことができます。

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