耽典籍:「送り直しの物語」。『私の人生の春の日』

カム・ウソン(韓国のおっさん俳優)が出ているドラマ『恋愛時代』が好き。

『恋愛時代』は自殺した野沢尚の小説で、先ごろ日本でもドラマ化されたが、韓国版のほうがずっとよかった。原作よりもよかった。いろいろなものと折り合いをつけながらも、大切なものを思いやり続けて不器用にもがく、哀しく優しい大人の生き方が、恋愛をとおして静かに描かれている。

そんな『恋愛時代』のカム・ウソンの新作ドラマを見たのだが、劣らずによい物語だった。

 

『私の人生の春の日』

私の人生の春の日 DVD-SET2

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kandera.jp

海難事故で死んだ妻の心臓が移植されたヒロインと、カム・ウソンが恋に落ちるストーリー。

 

『恋愛時代』も『私の人生の春の日』も、どちらも「その後の物語」、「やり直しの物語」だと思う。

『恋愛時代』は、出会いと、恋愛と、結婚があった後、さらに妊娠と、死産と、すれ違いと離婚があった後の物語。山あり谷ありがあって、普通のドラマならもうお終い、な時点がスタート地点になっている。いろいろあったその後からの、もう一度恋愛をやり直すドラマ。

『私の人生の春の日』も、恋愛と、兄弟での女性(前妻)の取り合いと、結婚があった後、さらに出産や、事故や、死別のあった後の物語。ヒロイン視点でも、病気と、死の恐怖と、臓器移植による再生のあった後の物語。やはり山あり谷ありがあって、普通のドラマならもうお終い、な時点がスタート地点になっている。いろいろあったその後からの、もう一度人生をやり直すドラマ。

 

大人の物語とはこういうもので、パーティーが終わった後も人生は続くし、かつて負った傷に臆病になりながら、同じ過ちを繰り返しながら、それでも前に進んでいく。

 

「その後の物語」、「やり直しの物語」という構造は同じでも、二つのドラマが異なるのはそのテーマで、『恋愛時代』がやり直すのは恋愛と二人で生きていくという選択なのに比して、『私の人生の春の日』がやり直すのは愛する人との死別である。

 

『私の人生の春の日』の前半~中盤は、愛する妻の心臓が移植された女性と知らずに(ヒロイン視点では、自分が受けついだ心臓の持ち主が愛した男性だと知らずに)出会って、歳の差やら何やらを越えて惹かれあって、やがて心臓のことを知って、心臓のせいで好きなのか、それともその人自身を好きなのかで煩悶する、という展開になっている。

が、終盤ヒロインに移植された心臓に拒絶反応が出て、最後は死んで終わる。ご都合主義な、奇跡的に助かりました、みたいなことはない。あっけなくすんなり死ぬ。

 

最期の場面で、「もう別れの挨拶はすませたよね、さよなら」とか言って終わってしまうのだが、最初見た時になんだか凄い違和感があった。これでいいのか?ハッピーエンドじゃないにしても、あっさり過ぎないか?と思った。

 

でも、これでいいのだろう。

 

突然死んでしまった愛する女性と別れを交わせなかったことを悔いていた男が、もう一度愛する女性の死に面した時に交わす別れ、というやり直しが、この物語の核なんだと思う。「送り直しの物語」。

 

この「送り直し」をよりしっかりやるのがカム・ウソンの娘役で、母の死に際しては挨拶もできなかったから、ヒロインの死を悟った時には挨拶をしに行き、自分に贈られるものは受け取ってくる。生きる覚悟を感じさせるシーンだと思う。作品を通してこの娘役の知性は抜きんでていて、見どころになっている。

 

 死にゆく人をどう送るか、ということと、死にゆく人自身は残される人に何を繋ぐか、ということは、人生の大切な問題だと思う。生命を繋ぐ、という点では、カム・ウソンの職業が食肉業者というのも、象徴的。

そういうテーマ設定があるために、『私の人生の春の日』は『恋愛時代』よりもより深いドラマになっている、のかもしれない。

 

悪く言えば、前半は奇抜な恋愛もので、後半はお涙頂戴のドラマなんですけどね。

 

ちなみに、このドラマの監督は『会いたい』というドラマを作っていて、レイプされた少女とそれを止められず現場から逃げてしまった少年が大人になってから出会うという、唸るストーリーなので、こちらもかなり好きです。