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耽典籍:生まれ変わるなら何がいい?『輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語』竹倉史人(講談社現代新書)

中学校に入学したとき、剣道部に入部したかった。電話で祖母に話すと、「剣道は危ないからダメ」と言われた。命にかかわるから、絶対ダメと。

剣道部に入部し損ねた僕は、友人の誘いでワンダーフォーゲル部に入った。登山をする部活で、冬山にも登る。遭難も滑落も落石も雪崩もある。命にかかわる。でも、祖母に話すとワンダーフォーゲル部への入部はOKだった。

 

生まれ変わりが関係していた。

 

一族にかつて、才気煥発で文学が好きな叔父さんがいて、僕はこの人の生まれ変わりと思われていたらしい。

剣道が上手く、特に突きに凝っていて自分でも突きを受けて研究をしていた。その突きのせいで胸を病み、若くして死んだという。実際は剣道のせいではなく、労咳だし、茨城から東京に出てきて困難な暮らしもあったそうだから、それによる非業の死だけど、「文学が好きな俊英が剣道のせいで早死にした」、という一族の伝説は覆らない。

 

だから、僕が剣道をやることは許されなかった。僕もその話を聞いて、剣道をやりたいという気持ちは無くなった。生まれ変わりかは別として、僕のように本が好きだったその叔父さんの伝説を大切にしたかった。

 

『輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語』竹倉史人(講談社現代新書)。

輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語 (講談社現代新書)

輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語 (講談社現代新書)

 

 ちょっとアヤしい本だけど、さらに著者も博士課程の人でアヤしいけど、輪廻転生に特化した比較文化は珍しいので、勉強になった。

生まれ変わりを、「再生型」(一族の狭い範囲でまた生まれてくる)、「輪廻型」(人間以外も含めた広い生まれ変わり)、「リインカネーション型」(霊界的なものを想定した現世との往復)と分けていて、それぞれの歴史と解説があり、よく整理されている。

 

興味深いのは、魂が霊界を経て現世に転生してまた経験を積むというリインカネーション型の考えは、人の力によって世の中が少しづつ良くなっていくという「進歩史観」に依っているという考察。

それまでは、世界は神によって創造された瞬間が最高点で、あとは廃れていくだけという「退歩史観」が中心だったという。

 

これは、先に読んだ『世界の辺境とハードボイルド室町時代』に書かれていた、「サキ」と「アト」は過去か未来か、という話につながると思う。中世までは「サキ」は過去で「アト」は未来(未だ来ず)だったが、16世紀以降は「サキ」に未来の意味、「アト」に過去の意味が加わってくるという話しだった。

人類の歴史のなかで、人の営みで世界は変えられると確信した時があったのだろう。それは、けっこう感動的で劇的な瞬間だなぁ、、と思う。

 

個人的な話しでいえば、仏教典には触れてきたせいか「輪廻型」の生まれ変わり観はなじみがある。し、科学的でもあると思う。どうせ人間なんて原子の集まりなんだから、それが散って、またいつの日か集まるということもあるだろう。それが人間以外であることも多いだろう。

そういう五蘊の輪廻は、論理的だと思うし馴染める。

 

遊びで、「生まれ変わるなら何がいい?」という議論をするが、これは思考の柔軟や多様性を保つのにいいと思う。生まれ変わってイカになったら、何を考えて暮らせばいいのかな、、とか思う。

ちなみに僕は生まれ変わるなら、、何になりたいかな・・。

 

最後に、コピーを発明したゼロックスと前世記憶のエピソードは、とても感動した。まだ見ぬものを信じて作るイノベーターの矜持みたいなものを感じた。